肝臓へのストレスを中心とした様々な病態と生理(酸化ストレス、傷害・障害、細胞増殖・成長・死、代謝など)

 肝臓は旺盛な再生能・機能維持能を有しており、そのための精緻な機構を備えていると考えられますが、そのメカニズムは未だ不明な部分が多く残されています。私たちは、傷害・障害と再生の間に肝に起こるイベントの解析より、これら制御機構の研究を行なってきました。
 肝臓におけるストレスは種々の環境的要因、(生理的あるいは病的)内的要因により引き起こされます。特殊な環境下でのストレスのみならず、現代社会では日常生活においても慢性的にストレスがかかっています。これまでの動物実験等の結果から、精神的あるいは肉体的・物理的なストレスが、実際に肝の障害を引き起こすことは知られていますが、その詳細は不明です。「静かな臓器」である肝は、ストレスに関してもかなり寛容であると考えられますが、肝に対する種々の急性・慢性ストレスに起因して多くの身体の障害を引き起こします。慢性ストレス下にある肝臓に対する外科的ストレス(肝切除、虚血など)への応答の変化を観察することにより、肝の周囲環境への適応・反応の限界を研究するとともに、ストレスに対する肝の持つ許容能・限界を理解し、生体イメージングによる新たな診断法、治療法の開発を試みています。

 これまで、ストレスのひとつとして、酸化ストレス(細胞内レドックス)が臓器機能へ及ぼす影響(傷害)と臓器(細胞)の応答を解析してきました。Rac1依存性の活性酸素は、細胞内レドックス制御に重要な役割を果たしており、種々のレドックス感受性シグナルを活性化しました。Caspase-3依存性アポトーシスの誘導、NFkB活性化による炎症性サイトカイン産生、TNF刺激によるシグナル伝達、ストレス蛋白質発現などに深く関与することを報告し、レドックス状態が細胞死(とくにアポトーシス、ネクロプトーシスなど)、生存、増殖という生命活動に積極的に関わることを示してきました。
 興味深いことに、肝細胞増殖の促進により肝再生に重要な因子と考えられていた転写因子STAT3は、同時に抗酸化(Mn-SOD, Ref-1)、抗アポトーシス(Bcl-2/xL)、Wntシグナル、細胞接着に関連する遺伝子といった様々な遺伝子をターゲットとしていました(J Clin Invest 2003他)。STAT3は単に増殖を促進するだけでなく、「臓器としての再生」を促進するために必要な遺伝子をターゲットしていると考えられ、臓器として合理的な行動をとるための無駄のない細胞システムが構築されていることを示唆しています。

 また、“生存シグナル”として知られるPDK1/Aktは、細胞の増殖が抑制されるようなcriticalな状態下でも細胞成長・蛋白質合成を上方制御し、抗酸化・抗アポトーシス効果を増強させることで再生(あるいは機能)を維持していました(J Hepatol 2004, J Hepatol 2005, Hepatology 2009他)。これらの事実は、このシグナルが「臓器の再生を維持・推進する機構(あるいはback-up機構)」として働いている可能性を示しています。