光を利用した体に優しいがん治療法の開発
がんの克服は、これまでも、またこれからも克服せねばならない最重要課題のひとつでです。発がん・進展の分子メカニズムといった基礎研究から、がんの診断・治療といった臨床応用を目的とした研究に至るまで、膨大な研究が世界中の研究者によりなされいるが、今だがんの克服・制圧には程遠い状況にあります。
国民に対する啓発活動、健康意識の高まり、健康診断の浸透などにより、以前と比べてがんは早期に発見され治療されるようになりました。早期発見・早期治療は、現時点でがん治療の基本となる考えですが、進行した状態で見つかる場合は多いのが現状です。進行した固形がんは、基本的にマクロあるいはミクロでの遠隔転移を伴いますが、これらの転移巣一つ一つに対して外科的治療を行うことは大きな侵襲を伴うにもかかわらず、不十分な治療で終わってしまう可能性が高いと考えられます。そのため、転移を伴う進行がんに対しては、種類、分化度、発生・転移の部位などを勘案して通常化学療法、放射線療法等が施行されますが、様々な副作用が生じる可能性があるため、繰り返し安全に施行することは困難です。
少子高齢化を迎える我が国の保健医療を考えれば、心・脳血管疾患、生活習慣病等と共に、がん疾患は今後さらに国民の健康と福祉に重大な影響を与え、国庫あるいは国民一人一人に多額の医療費負担をかけることは予想に難くありません。早期発見・早期治療に努めることはこれからも勿論重要ですが、確実な発生予防あるいは進展抑制が期待できない状況では、転移を伴う進行がんに対する「繰り返し行うことが出来る、安全で侵襲・副作用の少ない治療法」を開発することはこれまで同様今後も重要な課題のひとつです。
言うまでもないことですが、現在様々ながんの特性に対する研究が精力的に進められています。「がん細胞特異的に発現する分子」には転移能などを含めがんの生物学的特性に関連するものもありますが、その分子自体が直接癌治療に結びつくとは限りません。また、ゲノム解析による遺伝子関連情報は、予防医学等を含め広くがん診断・治療に貢献しますが、それらは必ずしも目の前の個々の患者の体内に存在するがんに対する最適な治療につながるものではありません。
また、近年新たな「プログラム細胞死」がいくつも報告されるようになり、細胞死のトリガー・進行機構、意義が研究されています。これらにより、様々な方法とタイミングで細胞死を誘導することが可能となりました。これらの新たな知見は、同時にがん細胞を操作して積極的に細胞死に導くという新規治療法開発の可能性を示しているものと思っています。
さらに、「光」を利用した医療への応用として、「がん細胞の生存・分裂等に関わる分子の活性化を可視化し、生体外から観察・測定する」ことで、病変の存在診断あるいは生物学的診断するための研究がなされてきました。しかしながら、深部病変から発せられる微弱な光シグナルをリアルタイムに体外で捕捉し評価することは困難であり、限界も感じられていました。他方、“生体外から光照射”をする場合には、“内部からの微弱な光シグナル”を感知するのとは異なり、十分なエネルギーを持った長波長の光を時空間的にコントロールして照射することが可能であり、組織内の比較的深部(数cm)に存在する病変までをターゲットとすることが可能です。中でも、近赤外光は生体に優しく副作用の可能性が低いこと、生体内の光吸収に大きく影響しているヘモグロビン、水の吸収域外であることなどにより生体内深部まで到達します。そのため、近年では近赤外光照射による光癌免疫治療が開発され注目されるようになってきており、治療・診断への更なる応用が期待されています。
私たちは、これまでに得られた分子生物学的な知識、細胞死誘導の機構、光工学的技術を活用し、かつ「光の特性を利用した技術」を生み出すことで、体に優しいがん治療法の開発を試みています。新たな視点に立ち、光を用いた “より安全で(より副作用・侵襲が少なく)”、“より特異的”かつ“繰り返し施行可能な”治療法の開発が目標です。生体外、消化管腔内あるいは胸・腹腔内から近赤外光を照射し、生体内深部病変を安全に治療するための研究を行うにあたり、以下のコア技術の開発を進めています。
1)ランタニド・ナノ粒子(LNP)をがん組織近傍(がん細胞表面あるいは細胞内)に送達する。癌病変近傍に達した近赤外光をLNPにより青色光に変化させ(アップ・コンバージョン)、がん細胞内標的分子の操作を行う。
2)青色光に感受性を有する分子の特性(構造変化)を利用し、がん細胞に対し「青色光照射された時のみ、プログラム細胞死誘導をONにするシステム」を組み込む。
体外からの光照射は、強度・頻度をコントロールできるため、LNPを介して任意の強度、任意のタイミング・頻度でがん細胞特異的に細胞死を誘導することが可能となります。本来は、近赤外光を直接作用させてがん細胞内分子の機能を光操作するのがより直接的と考えていますが、現時点では多くの技術的課題があります。また、LNPを利用することにより、付加的な治療オプションを与えるか、あるいは新たな診断法を開発できる可能性があります。
本研究により、生体内深部がんに対する安全で繰り返し可能な光治療の基盤技術が開発されると期待しています。
術中ライブ診断に向けた基盤的研究(ハード面の開発)
術中病変マッピング技術の開発(4次元イメージング)
私達は予測不能な動きをするマウスの各組織の遺伝子発現を追跡定量する「遺伝子発現追跡定量システム:マウストラッカー」を開発しています(下図参照)。3次元空間での動きを誤差0.6 mm で追跡することが可能なこの技術を応用し、術中病変部位(癌細胞)をリアルタイムに追跡、そしてモニター上に表示するシステムを目指し、開発を進めています。
将来的にAR(augumented reality:拡張現実)技術と融合することで、術中病変検出に大きく貢献できると期待しています。
内視鏡診断・治療に向けた基盤的研究
微小光電子増幅管(mPMT, photomultiplier tube)の開発
上記「遺伝子発現追跡定量システム:マウストラッカー」を応用し、生体深部におけるごく少数の癌細胞を検出、かつ正確な3次元座(X, Y, Z) をmm単位で同定する小型光センサーを現在 開発しています。将来的に内視鏡先端に取り付けることで、癌の極めて初期段階での摘出手術を可能にする機器の開発を目指しています。